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2007'05.07 (Mon)

弱者へのいたわり

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心の糧・きっとよくなる!いい言葉
                       07.5.7  Vol.208   
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こんにちは! 作家 中井俊已です。 http://www.t-nakai.com/
このメルマガが、今日もガンバルあなたの「心の糧」となりますように・・。
                           
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弱者へのいたわり

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▼どうして弱い者いじめはダメなの?

 どうして?

 
と、子どもに聞かれたら、なんて答えますか?
 


▼わたしなら、

 「あのね、それはね・・・

  かくかくしかじか・・・

  というわけで、

  こうで

  ああで、

  だからね、

  ダメなんだ」

 と長々と話をするかもしれません。



▼昔の人なら、どう言ったでしょうか。

昔の武士なら、
 キッパリとこう言ったのではないかと思います。


 「弱い者いじめ?

  そんな卑怯なふるまいをしてならぬ」


 えっ?どうして?
 

 「ならぬものはならぬ!」



▼「ならぬものはならぬ」
 
 この言葉に、
 いま日本人に失われつつある武士道の精神を
 わたしは感じます。

 潔さと品格のある言葉だと思います。



▼ちなみに、いま子どもたちに、
 次のような文言を教え唱えさせている市があります。

 会津若松市です。



    ●あいづっこ宣言●


1.人をいたわります。

2.ありがとう、ごめなさいを言います。

3.がまんをします。

4.卑怯なふるまいはしません。

5.会津を誇り、年上を敬います。

6.夢に向かってがんばります。


  やってはならぬ。
    やらねばならぬ。

  ならぬことは
    ならぬものです。


              会津若松市青少年育成市民会議


        原文はこちら http://tinyurl.com/2wp6l6



▼会津という地域は、

 武士道の精神が受け継がれているところのようです。
 


▼歴史をひもとくと、
 会津藩では、初代藩主、保科正之の時代から
 
 「自分に名利を求めず、人に多くを施す」
 
 という精神が教育されてきました。

 幕末には、最後まで幕府方に忠誠を尽くした藩です。



▼それゆえ、幕末以降、会津の人たちは、
 大変な辛酸をなめねばなりませんでした。

 白虎隊で有名なように、
 戊辰戦争では、婦人も子どもも一緒になって戦い、
 多勢に無勢、敗れ散りました。

 生き残った者は、その後、
 住み慣れた土地を北に追われる冷酷な処置を受けました。

 明治期を通じて、会津地方民や会津地方出身者は、
「朝敵風情」と侮蔑されてきたのだそうです。



▼その子孫に、松江豊寿(まつえとよひさ)という人物がいます。

 彼はいまも会津の誇りであり、外国でも尊敬されている人です。

 

▼松江豊寿氏は、1914年には徳島県の板東俘虜収容所長でした。

 彼は第一次世界大戦で収容されたドイツ人捕虜を
 人間として温かく受け入れた稀有の人だったのです。
 
 

▼「捕虜は愛国者であって犯罪者ではない。
  人道的に扱うべき」
 
 と彼は主張し、捕虜たちに商店街、パン工場、印刷所などの施設を
 自主的に運営させることを認めました。

 さらには、スポーツや音楽などの様々な活動を通じて、
 地元住民との数多くの心あたたまる交流を演出しました。



▼ドイツ人捕虜たちが、その地を去る前、
 捕虜たちの手によって、
 
 ベートーベンの交響曲「第九」が
 日本で初めて全曲演奏されたことは有名です。

 松江所長や地元住民への感謝を込めて演奏されたのです。

 以来、「第九」は
 日本人がもっとも好きな交響曲となっていますね。



▼当時の日本で、捕虜にこのように人道的な接し方をしていたのは、
 松江所長の坂東俘虜収容所だけだったようです。

 そのため軍部の上層部からは睨まれ、
 補助金もカットされるなどの厳しい罰も下されました。

 しかし、松江所長は、

 「捕虜たちは犯罪者ではない。
  彼らも国を愛して戦った者なのだ」

 と言って、その信念を最後まで曲げなかったのです。

 

▼会津の人は、誇りをもって戦い、
 結果的に敗れたため、
 その後も辛い思いをしていかねばなりませんでした。

 その誇りと痛みを、
 松江豊寿氏も、忘れずにもち続けていたのでしょう。

 武士道の精神を生きた人だと思います。

 ちなみに彼は後に、会津若松市の市長になっています。



★ 今日のいい言葉から学べるヒント ★

   
    人をいたわり、自分を凛とさせる言葉を使おう。
                           
                         (^.^)
                



●松江豊寿氏が主人公となった小説があります。(直木賞受賞作品)

 中村 彰彦著『二つの山河』(文藝春秋)http://tinyurl.com/2mev8f



●松江豊寿氏が主人公となった映画が2006年に作られています。

 『バルトの楽園(がくえん)』http://tinyurl.com/3ax8gn

 ベートーベン「第九」日本初演の感動物語です。

 実は、このDVDを観て、今日の「心の糧」を書くことにしました。

 お贈りくださった徳島県のN先生に厚く感謝申し上げます。

08:20  |  「心の糧・・・」  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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